2013年03月19日

コメントをありがとうございます

たくさんのコメントをありがとうございます。
まとめてお礼でごめんなさい。

現在の私はというと、ピーちゃんをかまいまくっています。
バンちゃんがいなくなって初めて気づいたのですが、うちに来た時すでにバンがいて、ピーは常に「二番手」のスタンスだったわけで、結構我慢していた(させていた)ことも多かった。
特にバンちゃんの老いが目につき始めたこの2〜3年は、私の気持ち的に「何が何でもバンちゃん最優先」だったことは否めない。

ピーちゃんってこんなに甘えたがりだったのか、こんなによく喋る(鳴く)コだったのかと日々新鮮な発見があり、同時にこれまで充分にかまってやれなかった申し訳なさもあり…。
或いはもしかしたらピーちゃんも、バンちゃんがいなくなってしまった寂しさを感じているのかもしれません。
晩年のバンちゃんの定位置だったマットのあたりをうろうろしたり、まるで誰かを呼ぶように小さく鳴きながら家中を歩き回ったり…特に後者はバンちゃんがいた頃は全くなかった行動です。
「バンちゃんはよく喋るけどピーちゃんはほとんど喋らないね」なんて話していたくらいだし。

バンちゃんと全然似ていないピーちゃんは、決してバンちゃんの代わりにはならないし、代わりにするつもりもありません。
ただ、心のどこかでは痛みを共有するような感じがします。
人と猫でも、ね。

もちろんふとした拍子に涙がとまらないことはあるけれど、「やりきった、愛しきった」と思いつつもやはり「あの時もっとああしてやれば」「こうしてやれば」とどうしようもないやりきれなさに滅入ることもあるけれど、柔らかく温かく重い(デブだから…)ピーちゃんを抱いて、生きています。

飼い主が猫を愛する以上に、猫は飼い主を愛してくれる。

バンちゃんが教えてくれました。
だからピーちゃんも精一杯愛して慈しんでいきたい。

猫男参上の復活は今しばらく気長にお待ちいただければ幸い。
posted by NAGA at 20:52|