2014年01月28日

正直な気持ち

いつのまにか年が暮れ、さらに明け、もうすぐ2月。
バントラインが逝って1年経つのだと気づいて呆然自失。

え、もう1年たつの?
毎日こんなに鮮明に思い出してしまうのに。
ボタボタと涙あふれることも少なくないのに。

ぶっちゃけ、思い出すのが
晩年のバンちゃんばかりなのが辛いです。
元気バリバリ!だった年月の方が断然長いはずなのに
最期の頃を繰り返し繰り返し想い、考える。

あの時ああすればよかった
こうしたらもっと生きていたかな
いやいや、大往生だったではないか
小さな猫にあれ以上を求めるのはかえって酷だ…等々。

もちろん四六時中悲しんでいるわけではないし
むしろ「ちゃんと生きよう」とオノレを奮い立たせ、
実際、以前より「ちゃんと」生活するように心がけています。

それでも日々の間隙に黒猫を視る。
視えない黒猫を視る。

元気だった若いバンちゃんを
心穏やかに思い出せるようになりたいよ。

会いたい、と悲痛に願うでなく
きっと会える、と優しい気持ちになりたいです。
posted by NAGA at 19:01|

2013年05月10日

近況

コメントを寄せてくださったかたに感謝します。ありがとうございます。
あまりにも沈黙しているのもなんなので、一応近況報告とかバンちゃんに関する追記とか。

死期を悟った猫の行動として「姿を消す」「人のいない場所を探す」という説があります。
そういえば、とよくよく思い出せばバントラインも数日前から部屋の隅々をチェックしていました。
老体ながら結構歩き回っていましたけど、かつては「堂々と部屋の真ん中を歩く」が当たり前だったのが、数週間〜数日前から「部屋の壁際に沿って歩く」ようになり、模様替えしたわけでもないから当然バンちゃんもわかっていただろうに絶対に入り込めないタンスの裏の隙間を覗き込んでいたり。
そしてやたらと寒々しい場所を求めたり…これは獣医さんにも言われました。
弱った動物は敢えて冷たい場所を好む傾向にある、と。

今年の冬はバントラインはあまりこたつに入ってきませんでした。
特に最期の頃はキッチン(フローリング)の薄汚れたキッチンマットで丸くなっていることが多かったです。
「寒いでしょ」「汚れるでしょ」と、こたつや日差しが暖かな窓辺のクッションに連れて行っても、キッチンマットに戻る。
こたつに入れてもその反対側からのっそり出て、キッチンに歩いていく。
一応「キッチン=猫のエサ場」でもあったので「バンちゃん的にはすぐに食事にありつけるから便利なのか?」と思い、ならばせめて古くて汚いキッチンマットではなく毛足の長いラグマットをバンちゃん用に置いてみたり。

バンちゃんが逝ってから気づいたのですが、バンちゃんの定位置だったキッチンマットからは私の姿が見えるのでした。
リビングのこたつにいても、自室(日頃開け放している)にいても…私自身、こたつでテレビを観ていようと自室のパソコンで作業していようと、ちょくちょく振り返ってキッチンマットで寝るバンちゃんの姿を確認していたわけで。

孤高の黒猫は決して人間に甘えない。
しかし人間から離れない。

いなくなって初めて自分に「キッチンマットの方を見る」というクセがついていることを知り、買い換えたばかりの空っぽなマットがどうしてもやりきれなくて切なくて、すぐに撤去してしまいました。
家人は「しばらくそのままにしといたら」と言ってくれたけどね。

筋力が弱ってからはフローリングの床だと滑って歩きにくそうだったので(踏ん張れない)カーペットをできるだけ敷き詰めたり。
私のベッドは厚いマットレスを外し、さらに足場となる台を傍らに設置してバンちゃんが楽に登れるようにしてみたり。
おかげで本当に前日(2/09)の朝まで、私を起こすためにベッドに登ってきてくれていました。

鳴き声にも張りがある、目つきもしっかりしてる、毎日食欲旺盛にササミを食べる、時にはピーちゃんのエサまで食べる…がしかし、どんどん体力は落ちていくし痩せていく。
後ろ足を引きずって歩き、眼窩の形がはっきりとわかるほど痩せた姿に「限界」を思い知らされました。

逆にバンちゃんはそこまで頑張って生きてくれたとも言えます。


ぶっちゃけ、今もバンちゃんに会いたいです。
バンちゃんがいない生活は非現実的でふわふわと、まるで夢のよう。
「バンちゃんの姿が見えないのはこたつで寝てるから」だとか「他の部屋にいるから」だとか、自分を騙している部分もなきにしもあらず…たまに「もう二度とバンちゃんと会えないのだ」という現実に改めて立ち戻ると涙が流れます。

でも元気です、はい。
流れる涙は20年分なので仕方ない。
必要なことなのだと考えています。無理な我慢はしない。

猫男もそろそろマジで復活したいです。
posted by NAGA at 19:02|

2013年03月19日

コメントをありがとうございます

たくさんのコメントをありがとうございます。
まとめてお礼でごめんなさい。

現在の私はというと、ピーちゃんをかまいまくっています。
バンちゃんがいなくなって初めて気づいたのですが、うちに来た時すでにバンがいて、ピーは常に「二番手」のスタンスだったわけで、結構我慢していた(させていた)ことも多かった。
特にバンちゃんの老いが目につき始めたこの2〜3年は、私の気持ち的に「何が何でもバンちゃん最優先」だったことは否めない。

ピーちゃんってこんなに甘えたがりだったのか、こんなによく喋る(鳴く)コだったのかと日々新鮮な発見があり、同時にこれまで充分にかまってやれなかった申し訳なさもあり…。
或いはもしかしたらピーちゃんも、バンちゃんがいなくなってしまった寂しさを感じているのかもしれません。
晩年のバンちゃんの定位置だったマットのあたりをうろうろしたり、まるで誰かを呼ぶように小さく鳴きながら家中を歩き回ったり…特に後者はバンちゃんがいた頃は全くなかった行動です。
「バンちゃんはよく喋るけどピーちゃんはほとんど喋らないね」なんて話していたくらいだし。

バンちゃんと全然似ていないピーちゃんは、決してバンちゃんの代わりにはならないし、代わりにするつもりもありません。
ただ、心のどこかでは痛みを共有するような感じがします。
人と猫でも、ね。

もちろんふとした拍子に涙がとまらないことはあるけれど、「やりきった、愛しきった」と思いつつもやはり「あの時もっとああしてやれば」「こうしてやれば」とどうしようもないやりきれなさに滅入ることもあるけれど、柔らかく温かく重い(デブだから…)ピーちゃんを抱いて、生きています。

飼い主が猫を愛する以上に、猫は飼い主を愛してくれる。

バンちゃんが教えてくれました。
だからピーちゃんも精一杯愛して慈しんでいきたい。

猫男参上の復活は今しばらく気長にお待ちいただければ幸い。
posted by NAGA at 20:52|

2013年02月28日

バントライン享年20歳

バンちゃん励ましのコメントをいただいた後となれば(水花さん、ありがとうございます)今更になってしまいますがご報告。
思い切り後出しになってしまい、お気を遣わせて申し訳ないです。

2013年2月10日20時に私の腕の中で、バントラインは逝きました。

前回の記事から僅か5日後のことなので「突然死」のように思われるかもしれません。
確かに「突然」ではありますが「意外」ではありませんでした。
所謂「ピンピンコロリ」…あらゆる生物の理想の終わり方だと思います。
元気で歩き回り、食欲も旺盛でボケもなく、本当に死の前日までは普段通りの変わらぬバントラインでした。

バンちゃんは毎日ササミを2本食べていました。
しかしそれでも太ることもなければ再び食卓に飛び乗れるような体力が戻るわけでもなく、どうしても徐々に痩せていき、体力は落ち込む一方でした。
毎日食べる食事はその日一日分のエネルギーにしかならず、どんなに頑張っても「現状維持」がせいぜい。
決して「若返る」はずはなく、「現状維持」とはいっても「老いを止める」ではなく「できるだけそのスピードを緩やかにする」だけ。

生き物としての限界はどうしても来ます。
老いた身体は「蓄える」ことができず、過剰に食べさせても消化できずに逆に内臓に負担をかけるだけ(腹水)、そして食べなければ(いよいよ食べる元気を失えば)即アウトというか。

飼い主としては「毎日きちんと食べているから大丈夫!」と思い込みたかったのですけどね。
前日の9日なんて、手ずからチキンを食べさせた時に勢い余って人間の指に噛みつき(いつも通りに)流血させてくれたしね。


10日の日は朝から昏睡状態で、寝ているような穏やかな呼吸でした。
時々意識が戻ると、動けない身体ながら視界に私の姿がなければ口を閉じたまま小さく鳴いたバントライン。
なので私は一日中、極力トイレも我慢して抱いていました。

最後の最後にバントラインは、いつもそうしていたようにしっかりと私を見つめ、口を大きく開き…ただし声にならぬ声で私を呼んでくれました。
まるで「抱きしめてほしい」と言うかのように、私に向かって両前足を広げ、差し伸べてくれました。
もちろんそれは臨終間際の痙攣だったのでしょう、けれど突っ張って押しやるのではなく猫特有の伸びの姿でもなく、いつもの「抱っこ」と同じく前足の先を私の身体にひっかけてすがりついてくれました。

昏睡状態の最中に私が「抱きしめたいよ」と訴えていたからかな。
すっかり痩せて骨ばった身体で、おまけに腹水だの胸水だので最近は「そっと抱く」のが当たり前だった。
昔のようにぎゅっと強く抱きしめたいよ、皮膚の下で筋肉が漲るのを感じたいよと、私の声がもう聴こえないはずの耳に届いたかな。

バントラインが昏睡状態(寝たきり)だったのは僅か1日のみです。
その前日から食欲が落ちていましたが、先に述べたように要するに「食べる体力がない日がその日」でした。
例えるなら停電になってしまって(エネルギーの供給がナイ)充電を使い切るのに丸1日かかった、みたいな。
私と家人とそれぞれの手ずからやった少量のチキンが最期の食事になってしまいました。
二人とも流血させられた…バンちゃんの最期の「標(しるし)」だったかな。

本当にギリギリまで自力で歩き、食べ、鳴いて噛んで主張した。
与えられた命をみごとに有効に使い切りました。


20年。
私がバントラインと離れていた時間は合計してもせいぜい1ヶ月くらいでしょう。
バントラインのために旅行はおろか帰省すら2泊3日ですませていた。

飼い始めた時は、子供の頃実家で飼っていた猫たちは皆いつのまにか野生化して裏山に消え、その後人間の方も引っ越して結局1匹も看取ってやれなかったので、バンちゃんは絶対に私の腕の中で逝かせると決めました。
去勢手術をした時には、人間の都合で彼の一生を変えたのだから絶対に幸せにしてやると決めました。

そのどちらもできた、と思います。

最後の食事管理で腹水を治し、慢性化していた歯周病も抗生剤とこまめに膿を拭きとることで治し、目ヤニや鼻水なども一切なく毛艶も良く、まさに「きれいな顔してるだろ…死んでるんだぜソレ」状態で逝きました。

バントラインは最期まで黒猫の美学を体現して、美しく逞しかったです。

本当に本当に綺麗で、見た目も性格もダンディーな猫でした。


posted by NAGA at 10:02|

2013年02月05日

最近、バントラインに関してやってること

前記事にあるように、胸水を抜いてからは猫の体調をメモしています。
飼い主が猫にしてやれること、すなわち食事管理。
やはり小動物は身体が小さい分、「食事」が人間よりもダイレクトに健康に影響する気がします。
かつてストルバイトを発症した際も、心当たりが「キャットフードを変えた」しかなかったし(バントラインとストルバイト結晶)…他要因もあったかもしれないけど、キャットフードを従来のメーカーに戻した後は再発しなかったし。

バントラインの場合、胸に水がたまったのは「腹に水がたまった」(腹水)が悪化した結果だそう。
よーく思い起こせば、昨年末あたりから腹がパンパンで「便秘かな」と一応気にかけてはいました。
その頃から水が溜まり始めていたのでしょう…今現在、その要因を探るべく食事管理を徹底しているわけです。
もちろん最良なのは獣医で検査することでしょうけど、バントラインにとっては「獣医に行く」だけでかなりのストレスです。
寒い戸外になるべく出したくないという季節的理由も大きい…がしかし。

何よりも「腹水」以外に病気の気配がナイというね。

食欲もあり水も飲むトイレも行く熱もないちゃんと歩く目つきもしっかりしている鳴き声にも張りがある(ありすぎる)気に入らないことがあれば相変わらず容赦なく牙で人間を流血させる。
獣医で暴れて私の手に深く鋭くえぐるように穴を穿つことが2度…うち1度は見事に化膿して人間も病院行きになったぜ。

つまり「生死に関わる非常事態にあらず」ということで、まずは自宅で飼い主の責任としてできることからコツコツと。
いつか獣医に行くにしてもそれなりのデータを提示できる方がよかろう。

バントラインの腹水は「血管からにじみ出た成分」で、その対処としては「注射針で抜く」「利尿剤で尿として出す」「体内に吸収されるのを待つ」の三択。
獣医には行きたくないので「抜く」はナシ、尿は普段から結構ダバダバ出ているのでこれ以上促すこともしたくない、となれば3番目の「体内に吸収」を狙うしかありません。そのための食事管理です。

※腹水が「血液」や「膿」だったり、レントゲンやエコー検査で明らかに内臓に問題があったりというケースは別ですよ、念のため。

腹水を吸収する時間を確保するために空腹の時間を増やす。
膨れた胃が腹水を圧迫しないように満腹にはさせない。
実はバントラインは昨年から従来のドライフードを全く食べなくなったので、エサをいろいろと替えてみていました。
昨年末から急に発症したということは、そのうちのどれかが消化不良をおこした(内蔵に負担をかけた)可能性もあるわけで、食事内容を細かくチェック。
バントラインが欲しがるからといって無闇にあげない。

…こうして改めて書き出せば、ものすごく当たり前のことなんですけどね。

でもって今のところ、快復の兆しアリ。
パンパンだった腹はだいぶ柔らかく小さくなっているし、運動量も増えました。
…「エサくれ!」の要求もだいぶ激しさを増していますが、負けるもんか。
つぶらな瞳で見つめられてもだ。
さっきピーちゃんのエサを勝手に食べたのを見逃してないぞ。
posted by NAGA at 11:34|

2013年01月26日

猫の記録

突然(としか思えないのだが)バントラインは四肢がもつれ歩けなくなり、呼吸もぜいぜい荒く明らかに尋常でない様子に至り、獣医へ。
胸に水がたまり肺を圧迫しているとのこと、「放置=呼吸不全=死」ゆえ緊急に水を抜く。
水がたまる根本原因を突き止めるにはさらなる詳細な検査を要するが、高齢で体力を消耗しているのでとりあえず様子見ということで帰宅。
水を抜いた後は歩き方もしっかりしているし鳴き声もたくましくなってるし、少量ながらも食べるし水も飲むしトイレにも行く。
完全に安心はできないがひとまずは良しとして、再度水がたまるようなら検査。

…と、斯様な猫の記録をつけるかどうか迷っている。
ネットが発達した現代、飼い猫に異変があると飼い主はまずネットで検索するだろう。
私自身がそうだ。
獣医のサイトや個々の飼い主たちのブログなどの記録も、すがるように舐めるように必死で読む。
動物の医療は人間のそれと比較すればまだまだ未知の世界であり、個人的な記録だろうとなんだろうとサンプルは多い方がいいかもしれない。
しかし個体差も大きい。
「ブログで見た猫は元気になったそうだからうちのもきっと大丈夫」と思い込んだり、或いは逆に「ブログで見た猫はそれが原因で死んだ…うちのももうダメかも」と悲観的になったり、ただでさえ病気の猫を抱えて不安いっぱいな飼い主はいよいよ惑う。
要するに動物の医療としては有益でも、飼い主の心情的には無駄な情報のような気がするのだ。(同じ病気の猫の飼い主同士の励ましあいという場合はまた別、単純に「情報収集」としての話)
バントラインはあくまでもバントラインのみの状態。
他の飼い主たちにとっては「こういう猫もいる」という情報でしかナイ。

…それと私自身が「病気や不調」を記録したくない気持ちもある。
私自身の中でバントラインの元気な頃の「記憶」が、現在の状況の「記録」に更新されるのがイヤ…説明はできないけどなんとなく。
むしろこの理由の方が大きい。

「いつか」は来る。
獣医に通う回数も増えるとやはり考えざるを(覚悟せざるを)得ない。
その「いつか」の後、思い出すのは筋肉質で溌溂とした若い頃のバントラインがいい。
今のバントラインが可愛くないという意味ではない。
一日でも長く、少しでも心地よいようにと頑張っている。
ただ、そうこうしているうちに「記憶」が薄れそうで、かといって「記憶」に頼ると今の状況を判断ミスしそうで(「これくらい昔は平気だった」と手遅れになったらそれこそ後悔しきれない)…心の中で毎日、嵐。
posted by NAGA at 01:43|

2012年09月27日

コメントお礼と猫動画紹介

>09/17のたまさん
コメントをありがとうございます。

生き物の寿命として猫の方が人間より先に旅立つと
わかってはいても、むしろわかっているからこそ
その出逢いを大事にしたいものですね。

「黒猫の正しい飼いかた」の「まるで○○みたい」に
登場する妹宅のプーはバントラインと同じ年齢でしたが
今年春に家族に看取られて逝きました。
妹宅も甥っ子が拾ってきた仔猫モモを飼い始めています。
女の子のくせに暴れん坊で乱暴モノですけど
やんちゃで腕白な甥っ子にはちょうどいい相棒カモ。

すげー甘えん坊な猫の動画。

バントラインは絶対にしない。
ピースはちょっとする…めがねではなく手に無理やり頭をすりつける。
その手がキーボードを打っていてもペンを握っていても。
posted by NAGA at 13:49|

2012年08月12日

バントライン近況

放置気味の当ブログ…あわわ。

06/20にコメントを寄せられ、バントラインとピースへ
お気遣いくださったかたに今更お礼とお返事です。

前記事にあるバンちゃんの顔の腫れは消炎剤と抗生剤で快復しました。
お見舞いをありがとうございます。

…がしかし、そもそも「消炎剤と抗生剤」は対症療法であり、
症状の原因には全然関係ないわけで。

原因は、簡単にいえば歯周病です。
20歳の猫のわりには歯が全部揃っているのは
素晴らしいことだけれども、逆にそのために歯周病が悪化。
(老齢猫なら自然と歯が抜けるはずなのにと獣医に言われた)
もっとも有効な治療法は「抜歯」すなわち「全身麻酔で手術」です。
20歳の猫にとっては、それこそ生死を賭ける事態になりかねないので
手術はできるだけ避けたい。

バンちゃんの場合は、とりあえず消炎剤と抗生剤がよく効くので
いいのですが、やはり所詮対症療法です。
再発もします。

一旦は快復したものの、その1ヶ月後の7月中旬には早くも再発の兆し。
免疫力が弱くなってるかな、そういや最近便秘っぽいようだし
消炎剤と抗生剤を貰いがてら、ついでに相談してみようと、
わりと気楽な感じで獣医へ。
「便秘ではないですよ、尿が溜まってます」とのこと。

「あと一日遅かったら危なかったですよ」

…怖っ!

ただし、2004年に入院したストルバイト結晶よりも症状は軽く
診察室ですぐさま尿道カテーテル(麻酔ナシ)を通し
溜まっている尿を排出、輸液と膀胱洗浄で無事クリア。(通院2日)

2004年は尿が出ない!とバンちゃん自身がパニックになって
走り回っていたので、すぐに異常に気づけたけれど
今回は(まだ軽症だったせいもあるとは思うが)
特にコレといった行動もなく。
私としては毎日の身体チェックでも、
お腹が張ってるかな?程度の認識しかなかったです。
(多頭飼いだと正確なトイレチェックが難しい)
なによりも2004年の経験から
「尿が出ないなら走り回るだろう、そうでないから便秘かな」
という思い込みがありました。

なんせ20歳の老猫です。
あらゆる感覚が若い頃より衰えています。
バンちゃん自身、尿が出にくい違和感を
昔のように敏感に感じていなかった可能性もあるし
或いは違和感があっても、昔のように
走り回るほどの元気がなかったのかもしれない。

獣医さんに膀胱の位置と触った感触を教えていただきました。
これからは便秘と間違えることのないように。
バントラインのトイレにはできるだけ付き添ってその場で確認。

…ちなみにデブのピーは膀胱の感触がよくわからない。とほほ。
posted by NAGA at 18:46|

2012年06月15日

20歳のバントライン

バントラインの右頬の腫れのため
昨日は獣医に行きました。
歯と歯茎の間に雑菌が入ってしまうという症状で
昨年も全く同じ目にあったのでさほど動揺はなく
消炎剤と抗生物質を貰って帰宅。
なんせ顔が右半分腫れていても食欲旺盛で
器用に顔の左側で食べるので大丈夫でしょう。

「高齢の猫」について、昨年の女性の獣医さんは
「最近は20歳を越える猫も多いですよね
うちにも25歳の猫が来ますよ」とのこと。
今回は男性の獣医さんでしたが
「20歳超えの猫はやはり珍しいですね
このコはずいぶん長生きですね」
と、全く逆の見解をおっしゃってました。

どちらが正しいとかではなく
飼い主にかける言葉としてどちらがいいのかなと
フト気になりました。

「長生きな猫は沢山いる」=「だからうちの猫も大丈夫」
と考えるか、或いは
「うちの猫は特別」=「だからうちの猫は大丈夫」
と思い込むか。

まあ結局は飼い主の性格次第であって
獣医の責任ではないだろうけど
私個人は昨年の女医さんの言葉の方が安心できたかな。

なんたって飼い猫が飼い主にとって特別なのは当然だし。

最後に投薬の準備をしてくれた看護士のお兄さんが
バントラインに対し「ボクと同じ歳です」と。

一瞬、バントラインが20歳の青年になった気がして
この一言は嬉しかったかもしれない。
posted by NAGA at 11:14|